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日本のイルカ漁(イルカ猟)イルカを殺さないで

 

こちらもご覧ください。

Taiji 12: The Taiji Twelve

 12 dolphins recently captured in Taiji, Japan as part of the annual dolphin hunt are awaiting export to the Dominican Republic. This video documents the brutal annual dolphin hunt, and gives the backg...

 

こちらでもムービーがご覧になれます。

Taiji 12 movie:

イルカ猟に対して、署名を御願いします。

日本では毎年2万頭ものイルカが殺されています。

署名は2種類あります
BlueVoiceとCare2からの署名運動です。

BlueVoice.orgの署名

BlueVoice.org 下記ページに行く。
http://www.bluevoice.org/sections/dolphins/save_jp.shtml

ページの下の方に
『イルカ保護にご協力いただくための詳しい問い合わせ先』と書いてあります。
そこをクリック。

アップウィンドーが現れますので、
そこに行って『TAKE ACTION NOW』を クリック。

次の画面に
Your Name:
Your Email:
とあります そこに 名前とメルアドを記入。

『Send Email』をクリックすると終了です。



米海洋学者ら、日本に残虐なイルカ漁の禁止を求めて誓願書集め


【ライブドア・ニュース 2006年11月21日】− AP通信によると、米国の海洋科学者と水族館労働者による団体が日本政府に対し、「残酷な手法で知的な種を狩猟するイルカ漁を禁止せよ」と要求している。これは、ロードアイランド州プロビデンスを拠点としている「オーシャン・プロジェクト」の会長で、元ニューヨーク水族館館長のポール・ボイル博士らが主導して、複数の団体と共同して提唱しているもの。


  同団体では、日本の一部で行われているイルカ漁は、イルカを浅瀬に追い込んで動けなくさせ、刃物で息の根を止めるもので、時には生きたまま内蔵を取り出すこともあると指摘する。団体の代表者のボイル博士は「意識あるまま虐殺し、長く苦痛を与える耐えがたい殺し方」だと強く非難、またイルカは鋭敏な知覚と自己認識能力など、類人猿に匹敵する能力を持った高度な生物だとし、日本政府に対して狩猟を禁止するよう求める誓願書100万通をインターネットで募集している。

Care 2 の署名。

 

●署名の仕方。署名はここから↓できます。
http://www.theoceanproject.org/actfordolphins/
 署名の仕方をこまかく説明↓以下

まずこのページの左のところ、Sign This Petitionってところを見て、
Enter your name.に名前をいれる。

Display as "Anonymous"をクリックすると名前は公開されない様になるので
公開されたくない人はここに印をつける。

Sign Nowをクリック。

右に赤い字で(required)と書いてある項目は必要。
Name, prefix Mr、Ms、Mrs、Dr を選ぶ。
名前を書き込む。

Eメールアド



Female か Maleか 女性か男性か

City は 例:Kyoto

Stateは日本に住んでる場合、一番上(non-USA)を選ぶ。

Zip/Postal Codeで 郵便番号書き込む。

Country は自国を選ぶ 例:Japan

コメントしたい方はしてください。
下の例を使いたい方は使って下さい。
例1:I am Japanese, but I really want Japanese to stop this cruel murdering of dolphins.we love dolphins. Please don' t let japanese kill dolphins.

例2:Please don't kill Dolphins.
they are same as human!

例3:We love dolphins.
Japanse must stop this murdering of Dolphins.

例4:We protest murdering dolphins in Japan.

Previewをクリック。

次のページ:
Step3.であたなの署名の現れ方が表示されています。

Step4. ACLU'sからの緊急署名の情報を受け取りたいかたはここに印。

したのグリーンの箱の中
*Care 2 Action Alerts ここに印を付けると定期的にCare 2から情報が送られてきます。必要の無い方はここの印をはずす。
*Care 2 Animal Welfare Alerts
 ここに印をつけると虐待などから動物を守るためにどの様すすれば良いか情報が送られてきます。必要の無い方はここの印をはずす。

Add May signature!
をクリックすると、すべての作業が完了します。
おつかれさまでした。
Care2
http://www.care2.com/
http://www.thepetitionsite.com/takeaction/391762699?ltl=1172403236


BlueVoice.org ↓
http://www.bluevoice.org/sections/dolphins/save_jp.shtml
(日本語)
http://www.bluevoice.org/index.shtml
(英語)

イルカ猟に関するJapan Times 記事 翻訳中 2.14.07 

Eyewitness to slaughter in Taiji's killing coves - Japan times Feb.14/07

http://search.japantimes.co.jp/cgi-bin/fe20070214a1.html


●殺しの入り江の目撃者 ジャパンタイムズ2月14日2007年
http://search.japantimes.co.jp/cgi-bin/fe20070214a1.html

日本の和歌山、太地町では気味の悪く恐ろしい運命が毎年1000頭以上ものイルカに降り掛かっている。

By BOYD HARNELL
Special to The Japan Times からの記事ーーーー

和歌山県の捕鯨の町、太町(たいじ)では群れをなしたイルカが重なり合いはたぎり湾を泳いで行く、
ここは美しい紀伊半島がある場所。しかしクジラ博物館に近接する素朴な2つの入り江には死の呪いが付きまとう。
太地で殺されるイルカ達去年の11月写真)

毎年9月から3月の間 追い込み漁で1000頭以上のイルカ達は銛やナイフで切り刻まれて行く。
日本では鯨の様に、少なくとも40万頭のイルカ達が過去20年間この様にして死んで行った。

しかし捕まったうちの全てのイルカが死ぬ訳では無い。
殺すものの中から選んだ数頭のイルカは水族館などに見せるために、約600万円まで値段を跳ね上げられ、
全てはお金の為に売られて行きます。
残された殆どのイルカ達は1頭たったの約7万円で肉として売られています。
彼らの肉はスーパーマーケットなどで売られる事になる。

とても高いレベルの水銀濃度が、イルカの肉からは繰り返し科学テストによって検出されているにも関わらず、
日本の保健大臣はクジラ、イルカ肉食品に対して何の警告も発表していない。
農林水産省はクジラ目の動物を毎年21000頭、殺す事を許している。
 
日本の追い込み漁はアメリカでは避難されている。
2005年発表されたアメリカの議会決議99条では追い込み漁は非人道的であり
イルカ肉には高い水銀濃度が含まれると発表した。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

去年、10月23日、私はこのイルカ達の取材のため、太地へと東京を後にした。
次の日24日、私は追い込み漁を初めて目撃した。それは不愉快極まる野蛮なものだった。
私は子供のイルカ達が捕まって港まで運ばれて来るのを、堤防越しにみていた。
そしてその後港の中でイルカ達は追い込まれていた、それは軍事行動のようであった。
13艘のボートがイルカ達の逃げ道を塞いでいた。追跡は容赦ない。

イルカのソナーの方向感覚を失わせるために、漁師はメタルの長い棒で船の下をたたいていた。
イルカ達はパニック状態になり頻繁に水をブローホールから吹き出していた。
数匹のイルカと子供のイルカは逃げる事ができたが、その子供の母親を含んだ殆どのイルカは逃げられず、子供と離ればなれになった。子供は母親と離れてしまえば最後、餓死かサメに食べられてしまう運命だろう。

その後、疲れきった25頭のイルカ達は囲まれてしまった。僕は堤防から走って近づくとこの知的な乳類達ははバタバタ逃げ道を探していたところだった。小さい小舟が網の最後の出口を塞いだ。そして大きめの船はまた次の漁に出て行くのだった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

狩りの間の雰囲気はとても果無いものである。
ここでは普通、この状況をレポート、ドキュメントしようとする者には誰にでも邪魔が入る。
私もそれに遭遇した一人だった。私の事を常に見張って写真を撮ってる者がいた。
40〜50あるこの勇魚(いさな)の漁業組合の者に私はいつも尾行されていた。
この尾行する者達は、何をしても警察に捕まる事は無い。警察もこの者達とのトラブルに口を挟む事はない。

イルカ達の捕獲と殺しは吉野熊野国立公園でなされている。環境庁がこの区域を管理しているのだが、
この国立公園は公共に解放されている場所であるにもかかわらず、警察はこの区域への
立ち入りを制限している。しかし、私は最近できた立ち入り禁止ゲートを無視して出入りするたくさんの人達を
見つけそれをカメラにおさめた。
外国人達がこの場所に入りイルカ達の群れが捕まる姿を見る事は許されていない。

次の日の夜明け 10月25日チンピラ達が港に現れた。緊張感が高まる。
数人が英語で『写真を撮るな』と書いた紙を持っている、一人の男は僕を付け回している。
彼の乗っているおんぼろ白い日産スカイラインにちなんで、僕は彼を”スカイライン?ボブ”と呼ぶ事にした。
彼は僕に一度も微笑む事も話かける事もしなかった。しかし彼はいつでも僕の後をつけていた。

時おり、ボートが入り江に入ってくる、その音で静けさはかき消される。
死の一組がたどり付いた合図である。イルカ達に命の望みは無い。

小さな船に乗った者が大きな長いナイフを持ってイルカ達に近づいていく。
すくい網を使いながら、殺されているイルカの横に捕まえてきたイルカ達を投げ込んでいる。

数頭のイルカ達は半狂乱になって抵抗している。すくい網に捕まったイルカ達は小舟のボートに引きずれて行った。沖から長い船に積み上げられて行く。私はその長い船をはっきり望遠レンズで見ていた。
数人は長いナイフを持って、あとの数人はホースを手に握っていた。男達は何回もそのナイフをイルカの体に突き刺していた。イルカ達は苦しさのあまり背ヒレと尾ヒレは大きく動かしていた。イルカが動かなくなるまで何回もナイフでその体を突き刺して行く行動は続けられた。数人はホースから水を出し血を掃除していた。男達は板の上に内蔵や脂肪層を切ってどんどん投げて行く。

全てのイルカがこの様にして殺しの湾で切り刻まれて行くのだ。
銛でつかれるているイルカ達、喉を切られていくイルカ達。
そのイルカ達のすぐ横で観察していた人が、イルカ達の切られた体の部分から
どろどろとした血がおびただしく長い間、出続けていたのをカメラ越しに見たと私に言った。

その後イルカ達が、太地にある精肉工場に運ばれていくのを私は見た。
死骸は青い防水シートの下に隠されていた。
そこで働く人はイルカの死骸の写真が 日本の悪いイメージになる事を知っているのだ。
写真を公表される事が彼らの利益に響くことを知っているのだ。
死んだイルカ達はすぐに食料へと形を変えられて行く。
そして最後には小さくなった肉の固まりと内蔵だけがそこに残されていた。

 

イルカ猟に関するJapan Times 記事 2.14.07

Eyewitness to slaughter in Taiji's killing coves - Japan times Feb.14/07

http://search.japantimes.co.jp/cgi-bin/fe20070214a1.html

* * * * *


The next day, Oct. 26, about 50 bottlenose dolphins were forced into the capture cove. Drive boats had chased two separate pods for nearly six hours. One group nearly escaped. But they were no match for the tenacious hunters. The exhausted, frightened animals finally seemed to give up.

A number of calves were in those pods. The females stuck close to them and swam around them in circles trying to protect them. But, after the nets were secured across the mouth of the cove, the drive boats left.

I left the cove and headed to nearby Shingu. There, I saw fresh dolphin meat being sold in a huge supermarket. It was in 350-gram chunks. This raw, mercury-ridden meat likely came from the dolphins I had seen earlier, alive in the cove. I had come full circle in witnessing the atrocity.

* * * * *


Oct. 27 was a bad day. Most of the 50 captive dolphins in the cove were about to be killed in the same gut-wrenching ways in the killing cove. But it was a better day for a few.

Dolphin trainers in wetsuits soon arrived, signaling an intended live capture. A veterinarian official apparently from the Taiji Whale Museum also arrived, and appeared to be involved in selecting a few high-value "show" dolphins. Japanese trainers also participated in this. I now know that trainers often help conduct these selections in the capture cove or the killing cove. They see the slaughter. They witness the dying animals' convulsions. But when they leave, they reveal no emotion.

That morning, a half-dozen dolphins were chosen to be spared. They would most likely be trained for display. The others were moved to the killing cove and slaughtered. The lucky few were taken to holding pens in Taiji harbor. Their new homes will be in Japanese or overseas aquaria. Some would be forced to perform in spatial confinement. They would eat dead fish for life. But they'd escaped death in Taiji.

* * * * *


The following day I left for home. But worse was to come when I returned to Taiji on Nov. 1. Four days before, a massive capture of 150 bottlenose dolphins and 75 pilot whales had occurred. The scene at the capture cove was surreal. Blood was seeping out of the killing cove. Starving, penned-up dolphins swam listlessly in circles, calves among them. A witness to the drive said that chainsaws in the slaughterhouse had been running almost nonstop.

The magnitude of that drive, and its aftermath, resembled the "ethnic cleansing" of a species. I drove past the slaughterhouse. Piles of guts and entrails were strewn across the floor. The mess was partially hidden by a tarpaulin curtain.

The next day, I saw only a few dolphin calves languishing in the bloodied cove. This was their sixth day of survival without their mother's milk. They must have been starving. The skiffs were pulling in the nets, ignoring the calves. Some larger boats carried the final, freshly killed dolphins to the slaughterhouse.

* * * * *


Nov. 3 was a free pass for the dolphins. It was Culture Day in Japan (Bunka no Hi). Drive hunts were canceled.

I went to the Taiji Whale Museum to see if any calves were there. Beyond the main aquarium I spotted a small tank roped off in a restricted area. Three very young bottlenose calves were swimming in circles in the tank's filthy water. The smallest of the three lagged behind and was expelling water rapidly and very frequently from its blowhole and appeared to be struggling to stay afloat. Within a few minutes it disappeared. Ten minutes later, an angry museum official ejected me.


A captured calf being fed in Taiji's Whale Museum on Nov. 20, 2006 after losing its mother in a "drive fishery." BOYD HARNELL PHOTO

The tiny calf never resurfaced while I was there. I had filmed the sad event, and sent the images to two marine-mammal research scientists in the United States.

After examining the images, Diana Reiss, director of research at the Osborn Laboratories of Marine Mammal Science in New York, said by phone: "That baby's dead! . . . There's no way a (dolphin) baby could stay submerged for 10 minutes -- they usually come up two or three times a minute."

Neuroscientist Lori Marino at Atlanta's Emory University echoed Reiss's views. She said, "A dolphin baby can stay submerged no more than a minute without drowning."

Though museum officials afterward insisted the calf was safe, an informed source confirmed the death. Conditions there leave a lot to be desired. I saw two dolphins swimming erratically in the concrete show tank, and two more in an even smaller adjacent tank, while an orca (killer whale) was banging its head repeatedly against the barrier of its pen.

Most captive dolphins at the museum and in Taiji harbor were earmarked for export. A coalition headed by Ric O'Barry, a marine-mammal specialist with Earth Island Institute, said that 12 Taiji dolphins were being sent to the Dominican Republic, but the coalition was attempting to block their export.

* * * * *


On Nov. 4 I returned home. Each trip to Taiji was becoming harder to endure. A very well-built friend of mine named Lamar Britt accompanied me as a kind of bodyguard on my final trip to Taiji, on Nov. 20. I'd asked him along to prevent anyone blocking my efforts to film the drives.

The capture and separation of dolphin calves from their mothers is denied by the Isana Fishery Union. When three U.S. conservationists met with the fishery cooperative last November, Akira Takeuchi, head of the Isana Union, was asked if they captured mother-and-calf pairs during drive hunts.

Takeuchi denied this, telling them, "If it happens, female dolphins with nursing calves are always returned to the sea."

This contradicts what I witnessed at the museum and in the drives. Captured mothers and calves were apparently always separated -- and the mothers usually slaughtered.

Hardy Jones, executive director of the campaign group BlueVoice.org, also met with Takeuchi. Jones told me, "Taiji is an extermination camp for the dolphins . . . I can see the day when Japan will wipe out all the dolphins in its waters."

Meanwhile, back in Taiji, tension was building among the Isana group. They monitored media reports of dolphin hunts. More foreigners had come to document the drives. More of the "security" types appeared at the coves.

Prior to my trip this time, O'Barry warned me he had received death threats. "One of the fisherman told me they would kill me if they could," he said, "and he made a throat-cutting gesture with his knife." Two Japanese activists reported similar threats.

* * * * *


On Nov. 21, Britt and I monitored the final drive hunt of our stay from a small peninsula overlooking Hatagiri Bay. Drive boats were herding about a dozen dolphins toward the holding cove. We raced down and saw the waters churning with resisting dolphins. Boat crews kept banging on their metal poles. The animals closed ranks, spewing water. Sounds of their heavy breathing filled the air.

Within minutes, though, their fate was sealed. The pod was quickly herded into the killing cove. The doomed dolphins were an unusually large species. Some made steep dives, slapping their tail flukes violently on the water in desperation. Others leapt halfway out of the water looking for escape.

They were held in the cove for two days. Then, daybreak on Nov. 23 signaled their last hour. Britt and I waited at the cove in our rental car. The killers on the skiffs would be arriving soon.

Police suddenly pulled up in an unmarked car. They wore plain clothes, but told us politely not to trespass beyond the rail overlooking the cove. Later, another foreigner said police had told him he could enter the cove as far as the security gate. The rules were fuzzy. Paranoia pervaded the whole area.

Soon the Isana security squad showed up. The same "Skyline Bob" stalker was hot on our heels everywhere we went. Skiffs were edging the dolphins closer to the killing area. I was filming the dolphins' panic, and then I pointed my camera at our "minders." They resented being filmed. Some cursed at me.

Then all hell broke loose. A fight almost started between a foreigner and some minders. He'd tried to film the killing from the security gate. Two irate men charged him shouting "No photos! No photos!" The foreigner stood his ground. The pair finally backed off. No law bans photography in a national park.

The dolphins were killed within minutes. We saw the carcasses offloaded at the slaughterhouse. Workers were lax in hiding the bodies. A distinctive white dolphin we'd seen in the cove was among them. We saw its severed head. Its throat was cut.

* * * * *


Taiji's Isana Union justifies the drive fisheries as predator control. They say the dolphins deplete their fish supply. They scoff at reports that the meat is unsafe to eat.

O'Barry said, "These fishermen are poisoning their own people . . . and the Japanese government does nothing about it." He added, "This is the second Minamata" [referring to the mercury poisoning through toxic waste of thousands in Minamata, Kumumoto Prefecture, in 1956].

Photo-journalist Boyd Harnell, along with The Japan Times, won the U.S. Humane Society's "Genesis Award 2005: The Brigitte Bardot International Award," for a Nov. 30, 2005 report headlined " 'Secret' dolphin slaughter defies protests."

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